大判例

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福岡高等裁判所 昭和49年(ネ)546号 判決

控訴人

平嶋五月

外一名

右両名訴訟代理人

黒田実

被控訴人

希東開発株式会社

右代表者

河野守

右訴訟代理人

中園勝人

主文

原判決を取消す。

被控訴人は、控訴人らに対し、別紙目録記載の土地について福岡法務局二日市出張所昭和四五年九月一二日受付第一六二六二号の所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する〈省略〉。

(被控訴代理人の主張)

本件土地の売買代金残額は、被控訴人が本件土地を逐次他に分譲し、その都度控訴人らから該部分の分筆ならびに所有権移転登記を受けると同時に該部分相当額の代金を控訴人らに支払う約であり、昭和四五年一一月二〇日までに一括して支払う趣旨ではなかつたものである。したがつて、引用にかかる原判決事実摘示第二、三、2のように被控訴人において、他に分譲する売買契約を締結済みであり、また、控訴人らから分筆を承諾され、その手続に必要な書類の交付を受け、さらに被控訴人において分筆のための測量図をも作成し、本件土地上の雑木を伐採したことは、履行の着手にあたる。

(控訴人ら代理人の主張)

被控訴人の前記売買代金残額の支払方法、支払時期に関する主張事実はこれを否認する。右残額は所有権移転登記手続と同時に被控訴人が控訴人らに支払う約であつた。

(証拠関係)〈略〉

理由

請求原因ならびに抗弁中解約手附ではないとの主張、および民法五五七条が解除権の行使を当事者の一方が契約の履行に着手するまでに限つている法意についての当裁判所の認定、判断は、原判決理由冒頭から同六枚目表六行目までに記載さているのと同一であるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目裏五行目、同七行目に「原告」とあるのは「原告ら」と訂正する)。

(被控訴人の負担する売買代金支払義務について)

〈証拠〉を総合すれば、被控訴人代表者河野守は、昭和四五年七月一〇日頃から、控訴人らの代理人訴外江崎球磨生と本件土地売買の交渉を始めたが、その際右河野は本件土地を分筆し、それによつて得た代金をもつてその都度控訴人らにその部分相当額の代金の支払をして、売買代金を完済することを希望していたこと、しかしながらその点については当事者間に合意が成立するに至らず、結局、本件土地の売買契約書(甲第四号証)記載内容のとおりの売買契約が成立したこと、右契約書第五条一項には「買主は……所有権移転登記に要する提出書類が完了し、登記のできうることを司法書士において認めたると同時に売主に対し……手附金を差引いた残金壱阡弐百八拾七萬七阡円也を支払わねばならない。」旨定められていること、代金分割払、分割登記については何等の特約もなかつたことが認められる。原審証人平山敬二および原審における被控訴人代表者の各供述のうち、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、後記認定のとおり控訴人平嶋五月は、右売買契約締結後、本件土地について分筆登記をすることを承諾していたことが認められるが、それは、被控訴人が分譲をするための前提として分筆をする便宜を計つたに止まるものと考えられるから、前記認定の妨げとなるものではない。

そうすると、本件土地の買主たる被控訴人は、本件土地について所有権移転登記手続と同時に控訴人らに対し、本件売買代金額のうち手附金を控除した残額一、二八七万七、〇〇〇円を支払う義務を負つていたものというべきである。

(被控訴人の履行の着手について)

そこで、買主である被控訴人が履行に着手したか否かについて判断する。

〈証拠〉を総合すれば、

被控訴人は、控訴人らとの間に本件土地の売買契約が成立する相当以前から、訴外窪山弘太、同井上正規に対し、本件土地分譲の交渉を始め、いずれも右契約成立の二日後である昭和四五年八月四日付で、右窪山弘太に対しては、本件土地のうち宅地396.69平方メートル、山林1,256.2平方メートルを代金四五〇万円で売り渡す契約を締結し、同日、同人から手附金三〇万円の交付をうけ、右井上正規に対しては、本件土地のうち山林五〇〇坪を代金四五〇万円で売り渡す契約を締結し、同日、同人から手附金五〇万円の交付をうけたこと、右窪山弘太および井上正規からの売買代金(手附金差引後の残額)は、いずれも各所有権移転登記手続と同時に支払うことになつていたこと、被控訴人は、同年八月二日頃、土地家屋調査士平山敬二に本件土地の測量及び分筆登記手続を依頼し、同人はその頃から本件土地の測量を開始し、同月五日頃控訴人平嶋五月から、本件土地の分筆登記申請のための委任状等に捺印をうけて分筆登記することについて承諾をうけ、その後分筆のための測量をしたが、同月一三日に控訴人平嶋五月から異議がでたため分筆登記の申請をするにいたらなかつたこと、右平山敬二は、測量のため本件土地上の竹等を若干切り払つたこと、被控訴人は、控訴人らから契約解除の意思表示をうけ紛争を生じだので、前記窪山弘太との間の売買契約については、手附を倍額償還して解除し、前記井上正規との間の売買契約については交付をうけていた手附金五〇万円を現金で償還し、同額の五〇万円を同人が被控訴人から買受けることとなつた他の土地の代金に充当することとして解除したことがそれぞれ認められる。原審における控訴人本人平嶋五月の供述のうち、分筆登記申請の委任状等には、目を通さなかつたのでその内容は知らなかつた旨述べる部分は、〈証拠〉に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、民法五五七条一項にいう履行の着手とは、債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし、又は、履行の提供をするため欠くことができない前提行為をした場合を指すものと解すべきであり、買主が代金債務の履行に着手したというには、単に支払能力ある一般的状態のごときは消極に解すべく、現金もしくはこれに代わる手形・小切手等の別段の用意、その他支払手段の具体的用意であつて客観的にその存在を認識するに足るような行為があつた場合にこれを是認すべきものと解するのを相当とする。

しかるに、本件においては、さきに認定したとおり、被控訴人は、本件土地の一部について他に分譲する売買契約を締結し、分筆のため本件土地上の竹等を若干切り払い測量をして測量図を作成したに過ぎず、未だ分筆登記の申請もしていなかつたものであり、しかも、右各分譲の売買契約については、いずれも手附が交付されており、後に、いずれも売主たる被控訴人において手附を倍額償還する等して契約を解除しているのであつて、控訴人らが本件の契約解除の意思表示をした段階においては、右各分譲の売買契約は手附の放棄もしくは倍額償還によつて容易に解除され得る状態にあつたことも窺われ、被控訴人において将来所有権移転登記手続と同時に支払われる見込の右各分譲の代金をもつて、控訴人らに対する売買代金の支払にあてる予定であつたとしても、未だ支払手段の具体的な用意ができていなかつたものというほかはない。したがつて、被控訴人は本件土地売買契約の履行に着手したものということができない。

もつとも、被控訴人は、勢約が解除されることによつて、本件土地の分譲地の買主らに対し、手附倍額償還をし、測量費を負担する等相当の損害を被り、控訴人らから手附の倍額償還をうけても、その損害を償うに必ずしも十分でないことが窺われないでもないが、前掲の甲第四号証不動産売買契約書によれば、本件土地の所有権は残金支払完了まで売主たる控訴人らに留保されており、かつ売主の解除権を留保するため解約手附が入られているのであつて、被控訴人は、かかる物件を自己の資金調達に利用し、その分譲代金をもつて本件売買代金にあてようとしていたのであるから、そのため被る損害は或る程度甘受すべきものであり、右損害は未だ顧慮に値する不測の損害としてこれを救済すべき理由があるものとは認められない。

(結論)

以上の次第であつて、控訴人らと被控訴人との間の本件土地売買契約は、控訴人らが昭和四五年八月一七日手附の倍額を現実に提供して有効に解除したものというべきであり、したがつて、被控訴人は、本件土地について所有権移転を求める何等の権利をも有しないこととなるので、所有権に基づき、被控訴人に対し、本件土地の所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続を求める控訴人らの本訴請求は理由がある。

よつて、右請求を棄却した原判決は失当であるから、これを取消して右請求を認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(生田謙二 右田堯雄 日浦人司)

別紙  目録

福岡県筑紫野市大字筑紫字栗木七九〇番の一三

一、山林 七二三一平方メートル

同所字同 七九〇番の一四

一、宅地 396.69平方メートル

同所字同 七九〇番の四一

一、山林 一五七八平方メートル

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